【孤独がもたらす崩壊──高齢者のセルフネグレクト、見過ごされたSOS】

■一人暮らしの崩壊は、静かに始まる

70代の男性・Aさんは、10年前に妻を亡くして以来、誰とも深く関わらずに暮らしていた。
退職後、地域とのつながりも絶たれ、次第に「誰にも迷惑をかけたくない」という言葉を口にするようになった。
最初は散らかった台所だった。食器が片付かず、買い物袋がそのまま積み上がる。
やがて、部屋には新聞や弁当の空き箱が山のように積もり、玄関は開け閉めすら困難になった。

近所の人は薄々気づいていた。「最近、姿を見ない」「玄関が臭う」。
しかし、誰も声をかけられないまま、時間だけが過ぎていった。

■セルフネグレクトとは何か

セルフネグレクト（自己放任）とは、心身のケアや生活管理を放棄してしまう状態。
「もうどうでもいい」「誰にも会いたくない」と感じる心理の裏には、深い喪失感と無力感が潜む。
ゴミ屋敷、栄養失調、医療拒否──。
それらは怠けではなく、生きる力の消失によるものだ。

厚生労働省の調査では、独居高齢者の約15％が「何日も会話をしていない」と答えている。
孤立は、心のエネルギーを少しずつ奪い、やがて生活機能の低下を引き起こす。

■家族目線から見たSOSのサイン

セルフネグレクトの兆候は、遠くに住む家族には見えにくい。
「電話に出ない」「声が暗い」「部屋が片付けられない」といった小さな変化が、実は危険信号だ。
ある娘さんは、数ヶ月ぶりに実家を訪れたとき、母親の部屋が足の踏み場もない状態になっているのを見て言葉を失った。
母は「片付ける気がしない」とつぶやき、その目には諦めがにじんでいたという。

■見守りが生きる力を取り戻す

その後、地域包括支援センターの支援により、片付けと清掃、訪問看護、見守りロボットの導入が行われた。
BOCCO（ボッコ）のような会話ロボットを使って声をかけると、母は次第に笑顔を取り戻し、
「今日はお茶をいれたのよ」と話す日も増えた。
人との関わりが、生活意欲を取り戻すきっかけになる。

■解決への道

セルフネグレクトは「恥ずかしい」「自分の問題」として隠されがちだが、
本当は社会全体で支えるべき生活課題である。

家族や周囲ができることは次の3つだ。

1. 定期的に連絡を取る
   小さな会話でも孤独を防ぐ。LINEや見守りロボットの利用も有効。
2. 変化を見逃さない
   生活臭、部屋の乱れ、元気のなさ──どれもSOSのサイン。
3. 専門機関へ相談する
   地域包括支援センターや民生委員が、適切な支援を提案してくれる。

孤立を放置すれば命を失うこともある。
けれども、ほんの少しの「声かけ」が、その人を社会へつなぎ止める命綱になる。

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